英語イマージョン教育とは

書籍『マロンメソッドプログラム』の続き

0. 英語イマージョン教育とは

 英語イマージョンという言葉が英語界を席巻し英語イマージョンで教える小中高設立が検討された一時期がありました。実際に設立された学校の数はごくわずかで計画が頓挫したケースが多いと聞いています。日本人の生生が教えなくても教える資格のある日本人教員と教実際に教える外国人講師の2名が教室にいなくてはいけないという法的規制のため人件費が2倍かかるので財政的にやっていけないという理由からでした。決して英語イマージョンという英語習得法が効果がないと判断されたからではありません。

 むしろ驚異の実績を産み出しています。例えば英語イマージョン教育のパイオニア静岡県三島市の加藤学園、加藤学園のノーハウをベースに生まれた群馬県太田市の太田国際アカデミーなどでは日英バイリンガルをどんどん輩出しています。また日本とアメリカなど英語圏の難関大学の両方に合格する学生をたくさん生みだしています。

 この驚異の英語教育メソッド、英語イマージョン教育とは何なのでしょうか。

イマージョンの意味

 英語にimmersionという単語があります。「浸すこと」という意味です。英語イマージョン教育のイマージョンとはこの単語の発音をそのままカタカナで表わしたものです。「浸すこと」から容易に推測できるように、イマージョンとは手短に言うと、外国語に浸してしまうことでその外国語を習得させてしまう方法です。しかし「浸してしまう」ということは、単にその外国語をどんどん与えて習得させるという意味ではありません。例えば理科や社会といったある教科をその外国語で学ぶことで、自然とその外国語を習得するという方法です。

 イマージョンにはいろいろな言葉を対象としたものがあります。例えば学ぶ対象の外国語がスペイン語の場合には、スペイン語イマージョン教育と呼ばれます。同じようにフランスが対象であればフランス語イマージョン教育となります。もちろんドイツ語イマージョン教育、ロシア語イマージョン教育、日本語イマージョン教育、中国語イマージョン教育などもあります。このようにいろいろな言葉のイマージョンがあり、外国語習得の最も効果的な方法として世界のいろいろな国や地域でたくさんの人々が学んでいます。

 そして英語が習得の対象の場合が、この項のメインテーマであります英語イマージョン教育なのです。

イマージョン教育の歴史

 イマージョン教育は北米では60年近くの歴史があります。イマージョンプログラムが最初に採用されたのは、1965年、英仏両語が公用語であるカナダのケベック州(フランス語圏)でした。両親ともに英語が母国語でフランス語のバックグラウンドがまったくない子どもたちにフランス語を導入する教育法としてイマージョンプログラムが開始されました。このプログラムが始められたきっかけは、子供の教育に熱心な親たちからのバイリンガル教育への強い要望でした。多数の文化、言語が交錯する杜会で自信を持って前向きに生きていけるように、そして教育を受ける面でも、また職業につく上でも、さらに日々の活動の場がより広がるためにも、子供をバイリンガルに育てる必要があると考える親が多かったのです。このイマージョン教育法はその高い効果を認められ、親や教育関係者、そして第二言語習得分野の研究者たちから力強い支持を得ました。そして急速に北米全体にまで普及しました。アメリカでの普及はとくに公立校でみられ、今日ではスペイン語、フランス語、ドイツ語、中国語、オランダ語、アラビア語、ロシア語またポリネシア語などのイマージョンプログラムが存在します。その数は1991~1992年度では総数142校でした。そしてそのうちの9校は日本語イマージョンプログラムでした。

 それからさらに10年、イマージョン教育はさらに勢力を拡大し、現代ではアメリカにおける言語習得の最も有力な方法となっています。

 イマージョン教育が行われているのは初等、中等教育の段階だけではありません。南米、アフリカ、アジア諸国の大学では多くの教科が英語で行われています。これも英語イマージョン教育です。そうした意味からいうと、英語イマージョン教育が最も盛んなのは、南米、アフリカなどの大学だと言えるかもしれません。

英語イマージョン教育の本質

 英語イマージョン教育とは、英語を学ぶのではなく、英語で学んで英語を自然に習得する教育と要約できます。

 具体的には、小中高生の場合には理科、社会、体育、音楽、図工などといった科目、大学生や大人の場合には自然科学、人文科学、社会科学分野の実際の科目を英語で教えることにより、学生に自然に英語を習得させる教育プログラムです。つまり英語イマージョン教育とは英語を学習することを目的とするのではなく、教科を学ぶ手段として英語を使うことを通して英語を自然に習得させる教育のことを言います。

英語イマージョン教育の本当の凄さ

 英語である教科を学ぶとどうなるでしょうか。日本にも驚異的でしかも否定できない明確なデータが残っています。高校生のS君です。小学校の時に英語イマージョン教育の学校で学んでいました。その後、お父さんの転勤で公立小学校に転校し中高はごく普通の英語教育を教える学校でした。

 小学校の時に取材させてもらったS君を6年ぶりに取材させてもらいました。高校2年になっていました。開口一番「英語はほとんど忘れてしまいました」と大声で言い訳めいた言葉を吐きました。ところがS君が小学生の時に使っていた理科の教科書の中の「惑星とは何か」というページを開き、「惑星とは何か」と英語で質問してみました。するとS君、そのページに書かれている内容とほとんど同じ内容を英語でスラスラ言うではありませんか。

 実はここに英語イマージョン教育の凄さの本質があるのです。英語イマージョン教育とは学んだことが英語の知識として残るということです。つまりその知識を忘れない限り英語でその知識が残るということです。日常的に英語を使う環境でなくてもいつでも使える臨戦態勢の英語を蓄積しているということです。

1. 英語イマージョン教育の様々な形態

 英語イマージョン教育には実践する地区や各学校の条件により様々なタイプがありますが、教育の導入時期の違いと英語の頻度により次のように分けられています。

①導入時期による分類

  • 早期英語イマージョン 幼稚園、あるいは小学校1年生から始める

  • 中期英語イマージョン 小学校4年生以降に始める

  • 後期英語イマージョン 中学校か高等学校、大学、大人で始める

②英語を使用する頻度による分類

  • 全体イマージョン

 教育の初期の段階では、全ての教科の授業が英語で行われます。学年が上がるにしたがい第一言語(私たちの場合には日本語)による授業が徐々に増えていきます。

  • 部分イマージョン

 英語イマージョン教育が始まる段階で、カリキュラム全体の教科を第1言語(私たちの場合には日本語)で授業を行なう科目と、英語で授業を行なう科目に分けて指導します。国の違いにかかわりなく、英語部分イマージョンを実施している学校では教育の初期の段階では、第一言語と英語の使用率は5割ずつで、算数、理科、および体育などの教科を英語で指導する傾向が強いといわれています。

 これらの科目がイマージョン教科に選ばれる理由としては「教科の指導に使用される表現に命令形が多く具体的である」ことや「授業中の学習活動に実践的・参加型の活動が多く自然な言語習得が起こる状況が作りやすい」ということなどがあげられています。

③新しい形態-双方向英語イマージョン

 例えばアメリカの場合は、英語が母語である学生が半分、スペイン語が母語である学生が半分いるという状況で、全員の学生に対してカリキュラムの半分を英語で後の半分をスペイン語で行うという方式のイマージョン教育が行われています。この方式の利点は、それぞれの言語のネイティブスピーカーがいることから、学生にとっては外国語にあたる言語を聞く分量もかなり増え、それを使う動機付けも普通のイマージョンより強まるという点だと言われています。アメリカではこのタイプのイマージョンプログラムが近年急激に増えています。2000年に報告された校数は261校でしたが、今ではその3倍以上になっているといわれています。

2. 英語イマージョン教育の目標

英語イマージョン教育は次のような4つの明確な目標を持って実践されています。

 第1の目標は、英語に熟達することです。英語習得の創意工夫をこらした環境で様々な学習活動を行うことで、英語のネイティブスピーカーに近い言語能力を身につけ、意思疎通を英語で自由に行なえるコミュニケーション能カを養うことを目標としています。

 第2の目標は、第一言語(私たちの場合には日本語)の運用能力を保持し、それをさらに伸ばすことです。

 第3の目標は英語イマージョン教育を受けている学生の一般学習能力を着実に育て、全教科の教科内容を学齢にふさわしいレベルで習得することです。英語イマージョン教育の成果は、学生の英語能カのみで判定されるのではありません。学生の学業成績が英語イマージョン教育を受けていない学生の成績と同等もしくはそれ以上に達した時、英語イマージョン教育の成果が認められるのです。

 第4の目標は、杜会文化能力の育成です。世界のボーダーレス化が進む今日、世界的視野を得て、他の言語、文化を尊重し共存することが必要とされています。学生自身が異なった言語および文化を尊重し、それらを理解する姿勢を築き、同時に自己のアイデンティティーや母文化に対する敬意の念を新たに見出すことを目標とされています。

 このような目標をもって行われる英語イマージョン教育に今まで参加してきた学生たちは実際に非常に高いレベルの英語能力を習得してきています。そして一般教科や母語能力においても高い学力をつけ、英語イマージョンクラス以外のクラスの学生より良い成績をおさめるケースがデータで示されています。

3. イマージョン教育の成果

 この間、イマージョン教育の成果をデータで取るための厳密で信頼できる調査研究は主にアメリカで実施されています。しかしアメリカは第一言語が英語です。ですから残念ながら、アメリカには英語イマージョン教育のデータは存在しません。もちろん英語イマージョン教育の成果を知るための調査研究も、英語イマージョン教育が主に行われている非英語圏の国や地域で実施されています。しかし調査規模がアメリカに比べると小さく、しかも調査期間が短いなど少し問題点が含まれています。それでアメリカで発表されて掲載許可を得たデータを使用させてもらうことにしました。

 英語イマージョンをベースにしたデータではありません。しかし習得の対象である第二言語が英語ではなくスペイン語やフランス語だという違いだけです。言語学的にはこの違いは違いにはなりません。なぜなら言語の習得は同じ大脳の働きに基づくからです。つまりスペイン語イマージョン、フランス語イマージョンなどの教育成果は英語イマージョンの教育成果と同じだということです。

部分イマージョンの成果

 そうした理由から、イマージョン教育の成果の具体的な例としてアメリカで行なわれた古典的リサーチの結果を紹介しましょう。これは1989年にヴァージニア州フェアファクス群の公立小学校に新設された部分イマージョンプログラムのうち、スペイン語イマージョン、フランス語イマージョン、そして目本語イマージョンプログラムに参加した小学生1007人を対象として調査したものです。これらの学生たちはそれぞれの言葉を2年間学習した後(1991年10月)、学力調査をうけました。

 学生たちは入学当初から2年間、算数、理科、体育の授業を第二言語(スペイン語、フランス語、あるいは日本語)のみで受けました。第二言語はこれらの教科の指導言語としてのみ使われ、単語や文法等の正規の授業は受けていません。2年間にわたるイマージョンプログラムが終了したとき、これらの学生たちは算数と英語(第一言語)の学カテストを受けました。その結果を、同じ学区内の学校に在籍する同学年で、しかもイマージョンプログラムを受けていない通常プログラムの学生たちの成績と比較しました。イマージョンプログラムの成果をなるべく正確に測るために、通常プログラムで学習している子供の中から知能試験によりイマージョンプログラムの子供達と同等の知力を持つと判断された子供達を集めて比較群がつくられました。

 算数の学力測定には、現地の学校区が開発した目標準拠タイプの学カ試験をもちいました。そしてその成績を比較してみました。試験は3つのセクションで構成されており、イマージョンの学生が受けた最初の2つのセクションは英語(第一言語)で、3つ目のセクションは第二言語で出題されていました。通常プログラムの学生は、同じ出題内容ですが3つのセクションとも英語で出題された試験を受けました。

 イマージョンの学生は、算数の授業を全て第二言語で受けたにも関わらず比較群の学生と同レベルの成績をおさめ、その得点は学校区の全体平均を3パーセント上回っていました。一年生、二年生、三年生の全学年の試験でイマージョンの学生は通常プログラムの学生と同等、もしくはそれ以上の成績でした。これによりイマージョンの学生は第二言語による授業を通して算数をきちんと学習したということだけでなく、第二言語で習得した算数の知識を応用して英語で出題された問題を解くことができることもわかりました。

全体イマージョンの成果

 以上はアメリカの部分イマージョンについての研究報告ですが、全体イマージョンにっいてもアメリカとカナダの両方でたいへん好ましい結果が報告されています。次には、アメリカにおける最初の全体イマージョンブログラムとなったカリフォルニア州カルバー市スペイン語イマージョンプログラムからの研究報告を一例として紹介しましょう。カルバー市スペイン語イマージョンブプログラムは、カナダにおけるイマージョンプログラムの成功にならい、カナダのイマージョン第一号をお手本として既存の学校にイマージョンプログラムを増設する形で1971年に設立されました。この学校でも学生達の第一言語(英語)、第二言語(スペイン語)、基礎学力の発達を調査したものが報告されています。最初の学生達が5年生に達した年から継続して3年間、6年生の学生の言語能カと基礎学力を測定して平均を出した結果です。ここでも問題はすべて英語で出されています。

 この基礎学カテストにおいてイマージョンの学生たちは、多くの時間を外国語による教科の学習に費やしたにもかかわらず、英語だけで授業を受けている普通コースの学生よりも英語の読解力や表現力に著しく優れていることが分かりました。これは部分イマーションの研究でも議論されているように、1つの言語で養われた理解カや分析力が別の言語にもスムーズに移行することを示していると言えるでしょう。さらに、それが1つの言語のみで学習している学生よりも優れた結果を出しているという部分は、とても興味深い報告となっています。算数は4年生まではスペイン語による学習、それ以降は学年によってスペイン語であったり英語であったりしましたが、それでも、英語一本で学習している学生よりも高い成績を残しており、ここでも基礎学習が外国語で行われることによって犠牲になるどころか、功を奏している結果となっています。

4. イマージョンのタイプ別比較
【早期イマージョンVS後期イマージョン】

後期にも利点はあるが、バイリンガルにはやはり早期

 では次には少し視点を変えて、英語イマージョンをタイプ別に比較した研究のまとめを紹介しましょう。イマージョンプログラムは導入時期によって、早期イマージョン、中期イマージョン、後期イマージョンに分類されることはすでに述べた通りです。

 おそらく、簡単に予想が出来ることだと思われますが、早期イマージョンの子供たちが高い第二言語能力を身につけることは多くの研究で証明されています。一般に早期イマージョンの学生はプログラム開始後約2年で聴解力と読解力に関しては同年齢のネイティブスピーカーと同等のレベルを達成します。第二言語教育の分野において学習時間が言語能力の到達度を決定すると信じられ、第二言語の指導の開始時期が早ければ早いほど、また指導を受ける期間が長ければ長いほど言語運用能力の習得レベルと維持のレベルが高いとされています。

 しかし、最近の研究ではイマージョンにかけた時間と学習者の第二言語能力の到達度との間には、必ずしも単純な一貫した関連性は見いだせないという結果も出ています。早期イマージョンと後期イマージョンを比較しても、第二言語の習得度に際立った違いが認められなかったという例も報告されています。

 また人間が成長する過程において、自然に言語習得できる時期があり、この時期以前でも以後でも完全な言語習得は出来ないとする仮説があります。臨界期仮説(Critical period)と呼ばれている仮説です。この臨界期仮説によれば、思春期以後の学習者は子供より第二言語の学習が難しいとされます。しかし第二言語習得開始時の年齢が言語適性や言語運用能力の熟達度におよぼす影響についての研究は、学習者の第二言語学習開始時期によって違った言語適性があり、思春期以前に第二言語の学習を開始した学生は、記憶能力の方が分析能力より優れており、その反対に思春期以後に第二言語の学習を開始した学生は、分析能力の方が記憶能力より優れていることがわかりました。つまり臨界期以前と以後では、違った認知能力が働いていることがわかったのです。

 一般に後期イマージョンの学生は早期イマージョンの年少の学生に比べより早くより多くのことを学びます。これは後期英語イマージョンの学生が年長なために認知や母語が十分に発達しているからであるといわれています。

 フランス語イマージョンプログラムを実施しているカナダのある学校が、小学校一年生の時から早期イマージョンで教育を受けてきたl1年生(高校3年に相当)の学生36人と、7年生から後期イマージョンで学習した11年生の学生29人を対象に言語適正および言語運用力を評価するためにさまざまなテストを実施してみました。それらのテストから言語適性を測定するテストすべてにおいて後期イマージョンの学生の方が早期イマージョンの学生より高い成績をおさめ、特に分析能力に関しては、後期イマージョンの学生の方が、はるかに優れているという結果が出ました。また言語運用能力を測定するテストにおいては、語彙認識と口頭試験においては早期イマージョンの学生の方が優れていたものの、作文力においては後期イマージョンの学生の方がはるかに良い結果を残しました。このように、早期と後期のイマージョンを比べると、それぞれに効果の出る側面が異なっており、これは、子供達の発達段階と深い関係にあるようです。従って、これらのイマージョンプログラムのどちらが優れているかというのが問題なのではなく、それぞれがどういった面で優れているのかという議論がなされてきているわけです。

 ただしここではっきりさせておかなければいけない点があります。それはバイリンガルになるためには早期イマージョンが圧倒的に有利だということです。

5. コミュニカティブ教授法の理想的実現がイマージョン。露呈してきているイマージョンの問題点

 従来の伝統的な言語教授法では語彙や文型の習得に重点がおかれていました。文法規則の複雑・難しさと習得の難しさは比例関係にあると考えられていました。そのため授業のシラバスでは、やさしい文法規則から難しい規則へと順に一つずつ学んでいけば言語を習得できると思われていました。しかしその後、こうした考えが正しくないことがわかってきました。つまり従来の言語の授業では、言語そのものよりも文法の知識を習っていたのです。ですから文法の試験で良い点がとれてもコミュニケーション能力を身につける機会がなかったのです。これこそ日本人が英語を話せない原因でした。

 ところが最近、文法規則の難しさと習得の困難さは別のものであり、言語の習得には独自の習得過程があること、この順番を変えることも飛ばしたりすることも出来ないことがわかりました。従来の方法では習得の自然な段階を考えていなかったために、言語を効果的に指導することが出来ず、その結果、学習者は流暢さを習得することが不可能だったのです。また、従来の教室では指導の内容があらかじめ決まっており、教師が一方的に学習を指示していました。その指示もその言語ではなく主に母語(例えば日本における英語教育であれば日本語など)で行なわれていました。その結果、学生は第二言語を使わなければならない差し迫った必要もなければ、そんな機会にも出会わないというのが実情でした。

 こうした実情を長い間体験する中で、効果的に言語を習得するためには、実際に使用されている状態でその言語を学ぶことが大切だという理論が提唱されるようになりました。つまり言語の本来の機能であるコミュニケーションの手段、情報獲得のための媒体として学ぶことが大切だという新しい言語習得の理論も提唱され始めました。これに基づいてそれまでの外国語教育を反省し、外国語をコミュニケーションの手段として学習させることにより運用能力を習得させようという方針のもとに誕生したのがコミュニカティブ教授法でした。この教授法では文法規則ではなく、ひとつのテーマに基づいた授業の内容に焦点がおかれます。具体的に意味を持った情報が学生の興昧を引くような方法で与えられ、生きたコミュニケーションを重視します。このコミュニカティブ教授法により学習者は伝統的教授法に比べてかなり流暢に第二言語を使えるようになりました。このような状況をもっとも理想的に実現したのがイマージョン教育法というわけです。

 しかし言語習得の理論が発達し、実際の授業を分析して研究していくにつれ、第二言語にどっぷり浸って自然にその言語を身につけるというイマージョン方式も完壁な方法ではないということが分かってきました。早期全体イマンヨンプロクラムで幼稚園や小字校からコミュニカティブな言語環境にとっぷり浸かって育った学生でも、ネイティプスピーカーと完全な意味では同レベルには達成できないのです。ネイティブスピーカーレベルのコミュニケーション能力を身につけるには(1)複雑さ、(2)流暢さ、(3)慣用句の知識、(4)正確さ、が必要です。イマージョンの学生は読解力、聴解力、豊かな表現力、流暢さなどではネイティブの域に達しますが、発話の正確さにおいては、比較的問題が残ることが複数の研究で報告されています。フランス語やスペイン語が対象言語の場合は、動詞の活用が間違っていたり、女性名詞、男性名詞の区別をしなかったりといった、細かな文法面(言語形式面)での不完全さが繰り返し指摘されてきました。

 今までのイマージョン教授法ではインプット(対象言語を聞くこと)重視の傾向があったため、学生の正確な発話を促すことを重視してきませんでした。発話を奨励してはいても、コミュニケーションの内容と学生の活発な意見の交換に重点をおくため教師は学生の細かい間違いを矯正することを控えるといった傾向があったという意味です。また言語を学ぶ過程で現れる特有の間違いを含んだ中問言語は、きちんとした文構造をなさない場合が多いのですが、話す内容を重視する教室でのコミュニケーションには支障がないので修整されないのが一般です。これがイマージョンの学生が流暢に話せても正確性に欠ける理由として考えられます。こういった研究報告に基づいて、イマージョン教授法もインプット中心からアウトプット(発話)も同じように重視する方向へ、そしてある程度、正確な文構造も意識した指導法へと移行してきています。

6. これからのイマージョン : フォーカス・オン・フームとタスク

 これからのコミュニカティブ教授法をより効果的なものにし、学生の文法能力を上級レベルに引き上げるためには学生にもっと多くの発話の機会を与えることが必要です。それにはタスク・タイプの学習活動が効果的であると言われています。Long(1989)は効果的なタスクに共通する特徴として以下の点を挙げています。

  1. ツーウェイ(two-way)タスク
    一方が話し手、もう一方が聞き手となるワンウェイと違い2人の参加者が同等に情報を交換して話し合わなければならない。

  2. あらかじめ準備されたタスク
    学習者が前もって白分の言いたい事柄を考え準備することでより活発なやり取りができる。

  3. 終点のあるタスク
    取り留めの無い会話でなく、はっきりした問題の解決や話の終点に到達することを目的としたタスク。

  4. 全員が合意して解決に達することを前提としたタスク
    各参加者が自分の意見を主張しても良い場合よりも、より真剣な話し合いが必要となる。

 「流暢さを保ったまま正確な文法を身につけるにはどうすれば良いのか?」最近ではこの問題を克服するためにはフォーカス・オン・フォーム(Focus on Form)の手法を使うことが提言されています。フォーカス・オン・フォームとは、意味のあるコミュニケーションを活動の中心に置きながらも、これまでよりもある程度言語形式に学生の関心を向けさせる、という意味です。コミュニカティブ教授法の授業中の学習活動において学習者の関心を言語形式(文型、文法)に向けることで、その言語機能と形式がマッチした形で学習が進み、したがって流暢さと正確さの両方を向上させることができるという考えで、最近では特に、イマージョンの状況においてどういったフォーカス・オン・フォームの活動を行うべきかという議論が盛んになされています。

 たとえば、2人の学生にペアを組ませ、宇宙基地を作るにはどうしたら良いかにっいて話し合わせるというタスクでは学生は必然的に条件文の構文を多用しながら情報交換の会話を行なうことになります。また、色々な時制を使った短いストーリーを聞かせて、後にペアで話を再構築する、というタスクではメタ言語学的な議論によって学生の注意を言語形式に向けることができます。このように学習者が情報を交換し合うやり取りをおこないながら、同時に言語の形式面(文法)に関心をむけるようにデザインされたタスクを文法タスク(Grammar tasks)といいます。これらの文法タスクの2つの主な狙いは、(1)情報の交換に焦点をあてたインタラクションの機会を提供しながら、(2)対象言語の文法知識にも明示的に意識を向けるように仕向けることにあります。また、教師の側からも、学生の発話に対してどのような返答をすれば効果的に自己訂正を促すことができるか、等の議論も行われていて、イマージョンにおいては学生の第二言語の正確性をそだてることが最近の最重要課題として取り扱われています。